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  • 2025-03-27

コラム:日銀「前倒し利上げ」を左右する2つの要因、円安ドル高抑制も=上野泰也氏

調査統計局長に川本国際局審議役が昇格、理事就任の中村氏の後任=日銀人事

4月1日、 日銀は同日付で川本卓司・国際局審議役兼企画局審議役を調査統計局長に昇格させる人事を発表した。日銀本店前で1月23日撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)

[東京 27日] - 金利・為替市場で3月中旬に最も注目されたのは、「トランプ関税」について出てきたさまざまな情報を別にすれば、日米中銀トップが同じ3月19日に行った記者会見だろう。言うまでもなく、米連邦準備理事会(FRB)と日銀が政策金利をどう動かすのかが、金利差の変動などを経由して、ドル/円相場の今後を大きく左右する。

記者会見があった順序とは逆になるが、先にパウエルFRB議長の発言を見ておきたい。

連邦公開市場委員会(FOMC)終了後に記者会見したパウエル議長は、「トランプ関税」にまつわる不確実性が高いことを強調しつつも、「(FRBの金融政策が)良いポジションにあるということに関しては自信を持っている。つまり、必要に応じて最適の方向に向かう準備ができているということだ」と述べた。

中立水準を上回っている現在の政策金利の水準は、経済に対して制約的だとみられている。したがって、インフレ率の下げ渋りが「トランプ関税」の影響で一層強固になる場合には、政策金利の据え置きを長引かせて、無理のない形でインフレ圧力を抑え込もうとすることができる。一方、「トランプ関税」への警戒感からセンチメントをこのところ悪化させている消費者が実際に消費支出を絞り込む動きを見せて、米国経済の大黒柱である個人消費がぐらつく、さらには底堅く推移してきた雇用情勢に下振れリスクが浮上する場合、FRBには機動的に利下げカードを切る十分な余地も心づもりもある。

トランプ政権による4月2日の「相互関税」発動と、関税を上乗せされる各国の反応、「貿易戦争」による内外経済へのダメージについては、さまざまなケースがあり得るため、いますぐに一つのシナリオで決め打ちできるわけではない。パウエル議長は記者会見で、「関税や貿易政策全体の影響に関するあらゆるシナリオは用意している」と述べつつ、実際はどうなるのかを見きわめる必要性を強調した。

記者会見でのやりとりで特に興味深かったのは、「トランプ関税」のリスクが浮上したにもかかわらず、FOMC参加者が描いた政策金利の27年末にかけての想定パスが、昨年12月の前回見通しから(中央値で見ると)全く変わらなかったことに着目した質問への、パウエル氏の返答である。

パウエル氏は、部分的な説明として、より弱い経済成長とより高いインフレ率が打ち消し合った結果ではないかと述べた。それに加えて同氏は、「inertia(慣性あるいは惰性と訳される)」が作用した可能性に言及した。「率直に言うと、慣性がほんの少し。これだけ不確実性が高い状況下で何かを変えようとするときには、今いるところにとどまろうかなといった、一定水準の慣性があるように思う」というのである。

要するに、「先の方が今はさっぱり見えないから、とりあえず動かないでおく」ということであり、パウエル氏の記者会見は利下げ再開のタイミングに関してはノーヒントだった。

一方、日銀の植田和男総裁は記者会見で、市場でこのところ観測が強まっている6月会合や4・5月会合での前倒し的な追加利上げの実施について、一定の含みを持たせたと受け取れる発言をちりばめた。

植田氏は、今後の政策金利変更について、「国内の物価・賃金のある種好循環の継続の状況と、ここにきて重要性を増している海外発の様々な不確実性の両方をみて、両方を今後の経済・物価見通しに、あるいはそのリスクに的確に反映させて政策を決めていくということだと思います」と説明した。

その上で、連合から第一回の回答集計結果が公表された25年春闘の賃上げ率について、「オントラック(日銀の想定通り)の中でもやや強め」だと、植田氏は明言。さらに、「トランプ関税」に代表される海外のリスクは、日銀が四半期に一度の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を作成する次回4月30日・5月1日の金融政策決定会合では「ある程度消化できる」とした。

賃上げ動向(およびコメ価格高騰に代表される物価動向)が想定よりもやや強めに出ている「国内要因」と、不確実性が高いものの4・5月会合では目鼻がある程度つくだろうと日銀が現時点でみている「海外要因」──。両者がそれぞれ今後どのように展開し、バランスがどうなるのかが、追加利上げに日銀が動くタイミングを大きく左右する。

端的に言えば後者のリスクが減退したと判断されれば、ないし減退したという説明が一応可能な場合には、日銀は追加利上げに動く可能性が高い。

むろん、金融市場が安定していることが追加利上げの前提条件としては望ましいわけだが、「海外要因」がクリアされている場合はそのことに沿って、金融市場は落ち着いているだろう。

本欄で以前にも述べたことだが、日銀は自らに有利となっている「試合の流れ」を手放してしまうことのないよう、メッセージ発信で入念な工夫をしている感が漂う。

そうした中、国内の政界では、商品券配布問題が浮上した石破内閣の先行きが不透明な情勢となっている。7月20日とみられる参院選まで政権を担うとしても、与党がこの選挙で敗北すれば、政治情勢は混とんとしてくる。すると、7月末に開催される金融政策決定会合で、日銀は利上げに動きにくくなってしまう。

「試合の流れ」がいつまで日銀に有利なのかは、誰にもわからない。可能なうちに得点を着実に重ねる。すなわち、将来に備えた利下げ余地になる「のりしろ」を拡大しておく。

「チャンスがあれば着実にものにしていくべきだ」――。ここまで3回の利上げを実現してきた日銀内にはこれまでの経緯から、そういう思いを強く抱いている向きが少なからずいるのではないか。

6月あるいは4・5月会合での前倒し的な日銀追加利上げ観測が、ドル/円相場がドル高円安方向に動く余地を狭める方向で今後も作用し続けると、筆者はみている。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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